〈香野広一のPoemサイト 〉

Index   詩集 1, 2

  

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   ■ 詩集「残像」より

           風媒花

風の住み処がどこにあるのか
ぼくは 見たことがない
だけど稲の花が咲きだすと
示し合わせたように
稲が左右にゆれているのは
風に仕業に違いない
稲穂を実らせるために
しずかな声で
祈祷を続けているのも
風の掟である
気ままな風の行脚によって
松の種子が
いろんな所に飛び散っている
海岸の垂直な岩肌にも
松が生い茂っているのは
松が 目配せをした
証しである

予告もなく吹きつけてくる風は
急峻な断崖の松を目がけて
吹き荒れることがある
その度に松の根っこは
堅固な岩にしがみつき
身を反らしながら守り抜いてきた
風によって誕生したことへの
強い意志が
岩盤の芯まで伝幡している
こうべをたれた稲穂の上を
爽やかな風が
静止することもなく行き来している
どこまでも続く田んぼの上空を
黄金色の風になって
はしゃぎ回っている

  

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       阿武隈川の清流が注ぎ込んでいる

いつも冷ややかな表情で
空と対峙している川が
時間を上滑りさせている
めまぐるしく変わる世相を
読み取ることもできずに
季節の移ろいだけを
浮遊している

静寂な川の上空を
雲や小鳥たちが
のんびりと渡ってゆく光景を
少年であった ぼくが
眺めていた
すると 大きな鯉が飛び跳ねて
波紋を描くことはあるが
研ぎ澄まされた
水の青さに
変化はなかった

あれから数十年の歳月が
流れてしまったのに
いまでも ぼくの脳裏に
あぶくま川の清流が
注ぎ込んでいる
だから 川への羨望と想い出が
満ち溢れていて
水の行方を確かめようとする

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